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swk's log - 「学術論文」と「特許」の間に流れる深くて暗い河とはなんだろう

2006-05-03

* 「学術論文」と「特許」の間に流れる深くて暗い河とはなんだろう [misc]

なんか一連の議論 (本文とかコメントとか) を読んでてものすごくモヤモヤして来たので,少し思うところを書いてみようと思います.

なお私は,この件に関する事実関係については,上の記事からたどれるニュースサイトのものをいくつか拾い読みした程度の知識しか無いですし,そもそも特許制度の意義や仕組み (制度上のものであれ,実態であれ) についても必ずしも正確に理解できている自信はないです.何かおかしなことを書いていたら,ご指摘を歓迎します.


まず,各ニュース記事にある通り「実際は実験していないデータを捏造して載せていた」のが事実なら,どこからどう見てもアウトでしょ? 論文だろうが,特許だろうが,極端なはなし査読プロセスのない国内の学会発表とかだろうが,事実でないことを事実として書いちゃいかんでしょ.

「検証されていない内容が書かれている」文章と,「検証していないのに検証したと書かれている」文章とは大違いです.世の中の特許出願に前者がゴロゴロしているというのはたぶんその通りでしょうが,後者を認めてはまずいでしょう.私は「特許の明細書に実験データが要求される分野がある」ことを今回の件で初めて知ったクチなのですが,そういう分野では後者がゴロゴロしているんでしょうか? (*)

そういうわけで,私は今回のケースに関しては『「神戸大の教授」に矛先を向ける記事・対応』が間違っているとは思いません.公的な研究費が措置されたかどうかも本質に関係ありません (NEDO に採択されていなかったとしてもアウトだと考えます).


ってところで一応結論は出ているんですけど,他にもいろいろ気になる点があるので,いったん上の話は置いておきましょう.つまり,もし今回のケースで,捏造データが記載されていたわけではなく,単に検証されていない内容の特許出願がなされていただけだったらどうか,という話.

私は,感情的な問題はさておき,論理的にはシロだと思っています.

まず,「学術研究者である以上,たとえ特許といえども論文同様に検証されたものでなくてはならないのではないか」という話は,上記のように世の中に「検証されているとは限らない」特許申請があふれている以上,そしてそれにまつわる権利が先願主義に基づいて発生する以上,学術研究者だけが実験結果出るまで特許出願しちゃダメ,てのは無茶です.そもそも企業人だって特許の数で評価されているわけで (だからノルマがどうのこうのって話になるわけで),業績としてカウントされるから学術研究者だけ特別扱い,ってのは筋が通ってません.

(学術研究者に限らず,検証されていない特許出願が認められない世の中に変えていくのが一番健全だとは思いますが,まあそれを今言ってもしかたないので)


次に「内容が検証されていない特許出願を盛り込んで,公的資金に応募したこと」の是非ですが,上記のようにそういう特許出願の存在を認めるのであれば,それを盛り込んで応募したって別に構わんでしょう.

なので,やっぱりここで問題なのは,既にさんざん指摘されているように,その研究提案の採否を審査する側が (あるいは審査スキームを設計した側が),「特許出願の内容ってのは検証されているとは限らない」ことを意識していなかった点にあるんじゃないのか? という議論になりそうなのですが,

でも,意識していなかったっていう根拠って今のところ出てないでしょう?

この研究提案書にだって,もちろん特許だけでなく論文の実績を書く欄があるわけで (たまたま今年の募集要項が昨日届いてたので見てみたけど,ちゃんとあった),特許出願のみが判断材料となって採択されたとは限らないわけです.学術論文の実績を「科学的なプロセスによって検証された内容かどうか」の判断材料として,特許出願の実績を「もしもこの技術がうまくいったときに効果的に事業化できるかどうか」の判断材料とする (いや,まあその判断の精度には疑問が残るけど,それはさておき) のであれば,少なくとも健全ではあると思うのです.今回の審査が健全だったか不健全だったかは,とりあえずニュース記事をたどって見た範囲ではわからなかったので,「審査をした側の無知、無見識」とまでの強い非難ができるとは思えないです.

(まあ今回のケースで内容自体が「捏造」だったのが事実なら,どこかに何らかの歪みがあったのは間違いないのでしょう.例えば「特許」以外の部分にも虚偽があったのかも知れない.あ,もちろんこれ憶測)


最後に,たぶん今回のケースとは直接は関係ないのだけど「学術研究者の特許出願を業績としてどのようにカウントするか」の話.これは難しいですね.特許が以上のような性格のものであることを認めるなら,少なくとも単純に プラス 1 とするとおかしなことになるのは間違いなさそうです.

今までの議論の流れから行くと,特許出願だけがされていて論文として公表されていない仕事は,やっぱりカウントしちゃいかんのだろうなあと思います.論文として公表された上で特許にもなった仕事は,その分評価をプラスしてあげてもいいのかなという気がします.何を基準にどのくらいプラスすればいいのかはよくわかりませんが.

そもそも数値的に評価しようとしているところにやっぱり無理があるんだろうなあとか身も蓋もないこと言ってみたり.


以上,ざっくりまとめると:

  • 今回のケースは,報道されている通りの事実関係であれば,アウトだと考えます.

それはそれとして,

  • 内容が検証されていない特許出願の是非は,まあよいことではないけど,特許なんて所詮そういうもんなんだからしゃーないんじゃね? (認めないんなら,学術研究者だけじゃなく全員に対してそうしなきゃ)
  • 公的資金の採択プロセスに問題があったかどうかは,現状では判断できないんじゃね?
  • 特許を研究者の業績としてどうカウントすればよいかは,難しくてわかんね.

…という文章を書いて,一晩寝かしてから推敲したり,周辺調査してみたりして,(*) の部分が急速に不安になってきた.

え? なにこれ.もしかしてこういうケースは分野によっては本当にゴロゴロしているのか? ショックだ.信じられん….

本当に深くて暗い河は,学術論文と特許の間ではなく,技術分野間にあるのかもしれません.


(追記) Patent_freak さんのコメント (2006-05-05 13:12:20) への返答です:

私は,当該申請が特許取得要件を満たしているかどうかはあまり問題ではないと思っています.それは特許庁の審査官が判断することであって,また NEDO の助成に関しては,NEDO の審査員が判断することです.取得要件を満たしていないような特許を申請したからといって,少なくとも倫理的に責められる謂われはないはずです.今回倫理的に責められるべき点があるとすれば,実験してないことを実験したと書いた点であるというのが私の主張です.業界によってはそのようなことが日常的に行われているというのであれば,大変ショックです.

先出願主義と先発明主義については,ご説明の趣旨は一応理解していたつもりです.よくわかってないのは「先発明主義の場合は,着想の時点が発明のあった日となるのか,はたまた実験結果が出た時点が発明のあった日なのか」という点なのですが (もちろん両方とも記録が残っていたとしてですが),いずれせよ,例えば

  • (A1) A が着想を得た
  • (B1) B が着想を得た
  • (A2) A が実験結果を得た
  • (B2) B が実験結果を得た

という時間順である技術の発明がなされた場合,先発明主義であれば A が権利を持つと理解しています (A1 対 B1,A2 対 B2,いずれにせよ A が先なので).このケースで先出願主義の場合,もし,B が A2 より前の時点で (つまり着想のみで)出願してしまって,A が実験結果が出るのを待って A2 後に出願した場合,権利は B に発生するのですよね? そうであれば,A に実験結果が出るまで待てというのは無茶だろう,というのが趣旨でした.何か考え違いしてますかね…?

(追記) アマサイさんのコメント (2006-05-08 11:07:48) への返答です:

ちょっと不安になっていたので,同意見の方がいらっしゃるというのは心強いです.

以下は,頂いたコメントへの直接の返答というわけではないのですが,

プロフィールを拝見するとアマサイさんの専門分野は私に近いようですね.我々のように,実験データがなくても特許が書ける (ような技術の場合もある) 分野の人間がこのように主張しても,そうでない分野の人から見たら「そりゃお前らはいいよ」って思われているのかなあ,などとも思ってしまいました.でもやっぱり捏造ってのは (学者に限らず) 越えてはいけない一線だと思うのです.

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最終更新時間: 2009-01-04 15:31


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